「いのちの未来」Creator’s Voice Vol.3~遠藤治郎~ 建築・展示空間ディレクター
合同会社SOIHOUSE
遠藤治郎さん
普段の仕事内容
短期間で終わるものから長期間活用されるものまで、さまざまな空間のデザインを行っており、現在は特に「フェスティバルアーキテクト」という、空間、時間、照明などをデザインし、オペレーションまで行う活動に力を入れています。
「いのちの未来」における役割/パビリオンでの担当とその内容
関わり方の強弱はありますが、コンセプトレベルからの全体の建築のデザインにはじまり、展示のデザイン、体験のデザイン、最後の演出の照明の出し方まで一貫してディレクションするという役割を担いました。
パビリオンや展示、制作物のコンセプトをどう捉えたか
一番興味深かったのが石黒先生から提示された「人間のいのちは無機物から生まれ、有機物、タンパク質と進化を遂げて、また無機物へ向かう」というコンセプトです。非常に興味深く、それをどうやって建築で翻訳するか、という部分を担うことにやりがいを感じました。また、「人間は、技術と融合することにより機械との境界がなくなり、その能力は拡張していく」という考え方にも自然と共感できました。なぜなら、私の中に「異なるもの同士がぶつかる場所に生命が生まれる」という考えが根底にあり、それは人間と機械との関係にも当てはまると思っているからです。異なる存在が衝突したり融合したりすることで生じる変化や動き自体が生命的であり、人間が拡張していくこともまた生命的な現象だと捉えています。
プロデューサー 石黒浩との関わりで印象に残っていること
石黒先生からの「未来を自らの手でデザインしていく必要がある」という強いメッセージです。誰かに丸投げするのではなく、自分たちが考え、自分たちの手で設計していく責任が人間にはあるという考えです。それを万博という場で伝えていきたいという先生の思いを強く感じましたし、それを体現するパビリオンになっていると思います。私自身、新たな定義をつくること自体が建築やアート、人文や科学の本質的な行為であると考えています。世界は、自分という主体が選ぶ行為と、自分以外のすべてのものとの関係によって構築されるという哲学を以前から持っていたので、先生のメッセージに深く共感しました。
こだわり
私自身が「渚」という建築のテーマをもともと持っていました。渚は固体・液体・気体という異なる物質の状態が交わる「境界」であり、生命誕生の場とされることもあります。常に動いており、正確な形は捉えきれないものの、異なる要素がぶつかり合い、相互に影響し合う状態は美しい……。このテーマが「無機物、有機物」という石黒先生の持つコンセプトと出会い誕生したのが今回のパビリオン建築のコンセプトであり、こだわりです。生命誕生の要素としての鉱物、エネルギー、重力、水をイメージして建築を構想した中でできたミニマルで鉱物的な形に、水が重力で落ち、光に照らされるというパビリオン建築の構成は一見有機的ではありますが、実際は重力によってつくられた無機的な形でもあるのです。
挑戦、工夫
通常のプロジェクトの比にならない数の協賛企業のみなさんやクリエイターの方々と意見を交わし、コンプライアンス、法的な問題、その他さまざまなハードルをひとつひとつ乗り越えながらコンセンサスをとり物事をすすめていくことは、非常に時間と手間が掛かる挑戦でした。約4年半という非常に長い時間と、関係する物事の物量の多さという点で特異だったと思います。
新たな発見
制作において最初のスケッチ段階から方向性をぶらさず、大きなコンセプトを大切にしながら最終形に具現化していくことの重要性を発見しました。また、信頼できる仲間に任せて進行した結果、それぞれの要素が最後の段階で一気に結集し、作品として結晶化する瞬間を体験できたのが非常にうれしかったです。約4年半という長い期間のプロジェクトの最後にその凝縮された瞬間を感じられたことは印象深く胸に刻まれています。
プロジェクトで得た学び
「信じること」の大切さを学びました。自分本位にならず、さまざまな意見を受け入れ信頼しつつ、必要なときには意見を伝えるというバランスが大切だと改めて気づきました。批評的な視点を持ちながらも、「自分が自分が」とならずに大きなものを協働でつくり上げる姿勢は、今後の仕事でも生かしていけると感じています。
注目してほしいポイント
<建築>
建物の外側では2分ごとに水の流れが変化し、それによって建築の「境界」を動的にデザインしています。水が流れている間は、水がガラスのような役割を果たして内部空間となり、水が止まると軒下のような半外部空間になるのです。これは建築が「境界をどう定義、編集するか」という行為であるという考え方に基づいています。また、水は温度調整、空気の浄化、冷却、ほこりの除去といった機能も果たしており、環境的にも作用する装置となっています。空間構成は、外部から内部へと徐々に変化していくグラデーション設計となっており、段階的に「外から中へ」移行するよう意図しています。従来の建築のように外装・構造・内装が分離された箱ではなく、流動的で滑らかな移行を体験させる建築を目指しているのです。そのような観点からも注目していただくと新たな発見があるかもしれません。
<展示>
展示は3つのZONEで構成されていますが、こちらも実はそれぞれが段階的に変化するグラデーションのような構成になっています。最初のZONE1は美術館・博物館のように自由に鑑賞できる空間、ZONE2は自分で動きながらナラティブ(物語性)を体験する演出的な空間、そして最後のZONE3は完全に時間と空間が制御された没入型のシアターとなっているのです。そして、各ZONEの間は「トランジション」として、ロボットによって制御され、人間ではなく機械が移行を担う仕組みになっています。ZONE1からZONE2への移行ではコンテンツが徐々に染み出すように演出され、ZONE2からZONE3への移行では視覚・聴覚中心の体験から嗅覚にフォーカスした黒い階段を経て、最終のZONE3「1000年後のいのち “まほろば”」へ至る構成になっています。これらの構造を頭の片隅に入れて鑑賞すると、より楽しめるのではないかなと思います。