「いのちの未来」Creator’s Voice Vol.6~ 内田まほろ / 小林大介 ~ 企画統括ディレクター / 制作統括ディレクター
一般財団法人JR東日本文化創造財団
内田まほろさん
株式会社パルコ
小林大介さん
普段の仕事内容
内田さん
JR東日本文化創造財団に在籍しキュレーターをしています。展覧会をつくっており、最近では特に科学やテクノロジーとアートが混ざるコンテンツや場づくりに取り組んでいます。
小林さん
パルコでコンテンツのプロデュースをしています。展覧会の企画・制作を軸にしながら、ブランドの新しい価値、スポットライトの当て方を提案しています。
「いのちの未来」における役割
内田さん
企画統括ディレクターとして石黒先生の考えや企画の趣旨を「通訳」するような形でクリエイターの方々にお伝えし、いいものをつくってもらう“音頭取り”のようなことをしていました。
小林さん
制作統括ディレクターとして、石黒先生、クリエイターの方々、制作に携わる方々……といった多くのステークホルダーの方々の適正な配置、時間配分、予算配分などをプロデュースする役割を担いました。
パビリオンや展示、制作物のコンセプトをどう捉えたか
内田さん
私は石黒先生のロボットを展示するお仕事を10年以上はやってきていたので、最初にこの企画内容を聞いたときには、先生がずっと語ってきた未来像を一般の人にもなんとか伝えたい、ということなんだなと捉えました。すごく遠くのことまで見ている先生ならではの考えを、どうやったら一般の人に伝えられるのか……。それはすごく難問だなと思いながら取り組みはじめました。
小林さん
私は科学については門外漢でアンドロイドとも初めて向き合った形でしたので、最初は身構えていたのですが、石黒先生の話を聞いていくとテクノロジーはベースにありつつも、その先にある人としての思想や思いをデザインしていくんだなというのが見えてきました。そうなると、私がこれまで取り組んできたアートやカルチャーの分野の想像を生かしたモノづくりの観点からもサポートできるなと感じました。プロジェクトをすすめていく中で、先生は偶像や想像の中にも、必ず摂理ある確かな感触を持った未来像を明確に持たれているんだなということを感じ、それを掴みにいくのが私の仕事だと捉えました。
プロデューサー 石黒浩との関わりで印象に残っていること
内田さん
今回のプロジェクトの最中に石黒先生が突然「一般の人たちの気持ちを勉強している」とおっしゃったんです。研究者という立場ゆえに、特殊な世界を見ているという自覚をお持ちだったのかもしれません。そして、あるタイミングからは私たちやクリエイターにクリエーションを委ねられるようになったと感じています。それらの「研究を、一般の人たちの心を動かすところまで持っていく」ということは、先生にとってもかなりのチャレンジだったのではないかと感じます。さらには「1970年大阪万博のシンボル、岡本太郎の《太陽の塔》を超える」、「万博のパビリオンとしてのレジェンドを目指す」という挑戦を掲げられました。非常にハードルの高い要求ではありましたが、不思議とどのクリエイターも「だったらやってやろう」という気持ちになり、みんなが一枚も二枚も上を目指す、そんなチームが自然と生まれた気がします。また、先生は各デザイナーやクリエイター、「共創プロジェクト」の参加企業の方々に対しても、毎回少しずつ表現は違いますが、ブレない話を何度もされました。その結果、最初は「なんとなくわかっているようで、実はわかっていない」という状態で打ち合わせに参加していた人たちも、最終的には理解が深まっていたように感じます。
小林さん
石黒先生が「1000年後のいのち」というものを描くときに、「魂が飛んでいく」ということをずっとおっしゃっていて、当初は幽霊のような感じ?と全然イメージできなかったのですが、「人間はもっと自由になれるんだ」とおっしゃっていて、「本当の自由」を描こうとされているのだと腑に落ちました。差別や区別といった、人が人を「自分との違い」で否定的に見るような感覚は、身体という存在から来ているのではないかというお話をされていて、未来のいのちにおいては、そういったものから解放された世界であってほしい、それこそが正しいいのちの在りようなのではないかとおっしゃっていたんですね。科学としての研究を超えて本当に「いのちの在りよう」を探求されているのだなと感じて共感し、すごく胸を打たれました。その思いをどう形にしていくか……、その思いはチームの中にも強く浸透していたと思います。
挑戦、工夫、こだわり
内田さん
「共創プロジェクト」の参加企業7社と100回以上の会議を行い、未来像を考えるというリサーチプロジェクト。2075年の未来の姿を描き、ロボット・アンドロイドたちと一緒に体験するというプロジェクト。1000年後の人の姿を描くというプロジェクト。チャレンジングな建築。……それぞれ個々のプロジェクトだけでも壮大なものだったので、それらを同時進行するには効率を重視するという考え方もありましたが、あえてゼロベースでじっくり議論を重ねるところから始めるというすすめ方を採用しました。一見効率が悪いようにも思えますが、結果的にはそれがよかったと思っています。なぜなら、それぞれ最終的な表現の形は異なっていても、石黒先生との対話を通じて目指している方向性がひとつにまとまったからです。また、最終的には先生とみんなが仲良くなってほしい、という思いからチームづくりをしてきたので、それも実を結んだと感じています。
小林さん
万博というのは、とても素敵で大きなプロジェクトなので、自分の発表の場にしたいという思いを持つ人がいてもおかしくありません。しかし、私たちのプロジェクトにおいては先生のビジョンが非常に大きく、遠くにありながらも明確で、まるで「満月」のような存在だったので、みんなが自然とそこを目指さざるを得ないような、そんな引力がありました。そして、そのビジョンは先ほど内田さんがおっしゃった「仲良くなる」という柔らかさをもって共有されたことで、みんなが同じ方向に向かうことができたのではないかと思います。だから利己的な自己表現の集合体ではなく、ひとつの大きな目標に向かってみんなが力を発揮できる場となっていったのではないかなと。そのためのアシストの役割を果たしたことが、工夫でありこだわりであったのかもしれません。
新たな発見
内田さん
石黒先生の概念的な考えを具体的に形や物語としてつくり出してくれたのは、同世代のクリエイターやデザイナーたちで、彼らのアウトプットによって、「ああ、こういうことだったのか」と気づかされることが多くありました。先生も「すべて自分がつくったわけではなく、むしろみんなが形にしてくれた」と最近よくおっしゃっています。先生自身も、形になったものや空間を体験されることで、「こういうことだったのか」と気づかれた部分があったのではないかと感じます。
小林さん
通常の展示会のように、来場者が何名来て、どのくらい売り上げが上がって……という指標ではなく来場者の方に何を持って帰ってもらえるかという「体験価値」が唯一の指標となるという意味で、とても意義深い経験になりました。いろいろな人の顔色をうかがって複数の指標にコミットしていくということではなく、純粋に先生が見つめる未来をどう来場者に提示して“さざ波”を起こせるかというところに主眼が置かれていた希有なプロジェクトだったと思います。
プロジェクトで得た学び
内田さん
前から意識はしていましたが、「多様である」ということは本当に素晴らしいと実感しました。いろいろな人が参加するプロジェクトの方がやっぱりおもしろいし、自分の想像していないものが生まれる場面に立ち会えたので、本当によかったです。特に効率面を考えると、自分がやりやすい人たちとチームを組みがちになりますよね。でも、少しずつでも新しい人と何かをやってみるのはやっぱりいいなと改めて学びました。
小林さん
お金を払わなければいけないんじゃないかと思うほど、多くを学ばせてもらったプロジェクトでした。さまざまな専門分野の方々がそれぞれの「仮の正解」を出すのですが、それが驚くほど覆される。門外の立場からの多様な意見によって、常識のようなラインがまったく説得力を持たない……そんなチームだったんです。ただの思いつきではなく、みんなにしっかりとした思いや視点があり、それに基づいてフィードバックし合っていたので、意見が大きく変わっていく中でも、気持ちよく、ちゃんとチーム全体が成長していったことに驚きと感動がありました。スキルがある者同士のぶつかり合いの中で生まれる、健全で建設的な衝突のようなものを体験できたことは、自分にとって大きな財産になりました。
注目してほしいポイント
内田さん
今回のプロジェクトでは、プロダクトデザインから衣装、空間、照明、音楽、映像まで、本当に素晴らしいメンバーがコラボレーションしていますが、それぞれが「個」として目立つのではなく、ふわっとハーモニーのようにつながっています。そのため、日本のクリエイターの最高峰同士がコラボレーションするとこうなるんだ、ということを見てほしいです。それをマニアックに楽しむのもいいし、単純に感動したり、自分を見つめ直す機会にしてもらうのもいいと思います。
小林さん
「それぞれが未来をどう想像するか」ということを感じてもらうためにすべての演出、建物の構成が存在しています。建物の個性と、三段階に分けられた体験設計はよくできた落語のような計算し尽くされた構成です。パビリオン全体がどのようにつながって感じられるか……。それがたとえ記憶として明確に残らなくても、“読後感”のように少しでも何かを感じ取ってもらえたらうれしいです。