【開発秘話♯6~シナリオ制作編・後編~】感情移入し、未来をもっと想像したくなる物語を紡ぐ
シグネチャーパビリオン「いのちの未来」内では、来場者が50年後(2075年)の社会といのちの在り方を体験、想像することができる「未来シアター」が展開されます。この「未来シアター」内での体験やストーリー、展示空間のシナリオ制作を担当したのが「CHOCOLATE Inc.」(以下、CHOCOLATE)。同社のチーフコンテンツオフィサー / クリエイティブディレクター栗林和明さんと空間演出家 / プランナーの岡崎アミさんにお話を伺い、シナリオ制作の裏側に迫りました。今回の後編では、どのようなことを大切にして、どのようにシナリオを磨きあげていったのかをご紹介することで、「未来シアター」や当パビリオンが伝えたいことを解き明かしていきます。
安易な“未来っぽさ”ではなく、今を生きる人が信じられる未来を描く
プロデューサー 石黒浩とシルバーパートナー以上の協賛7社(以下、共創企業)による「いのちの未来共創プロジェクト2025」が開催した複数回の共創ミーティングを経て生み出された、各共創企業それぞれの特色ある未来構想やプロダクトアイデア*を「未来シアター」のシナリオに落とし込む役割を担ったCHOCOLATE。未来のプロダクトやアンドロイド、ロボットなどが登場するシナリオにおける未来の描き方については、特に意識していたことがあるといいます。
*共創企業のプロダクトアイデアについての詳細はこちらをご覧ください。
「SFやゲームの世界のようなつくり込まれた“未来っぽさ”はある意味わかりやすいのですが、現代を生きる我々にとっては非現実的に感じてしまうことがあると思っています。だからこそ、つくり込みすぎずに“本当にこんな未来がありそう”と思えるような世界観をつくることを大切にしていました」(岡崎さん)
「当初、未来シアターの入り口に“ようこそ2075年へ!”といったアテンションをつけようとしていました。でも、来場者は本当にそこが2075年だと信じられるのか?絵空事にならないか?と問い直し、2025年を生きる人間が考える50年後という前提のシナリオに変更しました。この決断は、石黒先生からの“未来を描くことは、責任を持つということ”という言葉にも大いに影響を受けています」(栗林さん)
絵空事に感じないような未来の描き方に加え、未知のものや不確定要素に対してときに恐ろしく感じてしまう人間の本質を考慮し、未来への“恐怖”を来場者に抱かせないようにすることも意識を向けていたそう。
「自分自身が来場者としてその場に訪れたときに、怖い、共感できない、といった思いを抱かずに未来を楽しみにできるシナリオになっているか……。心の声に耳を澄ませながら制作していきました」(栗林さん)
「アンドロイドやロボットが当たり前のように存在する社会というとディストピア的な世界観を連想する人もいるかもしれません。私たちが描く未来はそのような世界観とは異なるということを表現するために、来場者と未知の未来にある距離を温かみやワクワクのあるシナリオによって縮めていくことに挑戦しています」(岡崎さん)
共感と引き算をキーワードに物語を組み立てる
そういった温かみやワクワクのあるシナリオは、単に未来のプロダクトを盛り込んだだけの展示ではなく来場者目線でインスピレーションを得ることができるのかという視点を大切に、物語の紡ぎ方を工夫することによって実現していったといいます。
「“切り取られた生活のシーン”の中に未来のプロダクトが実際に使われている姿を描いていくことで、物語のシーンを追っていくような体験構造を創造しました」(岡崎さん)
「現代を生きる我々と近い感覚を持った人物も登場させることで、感情移入し共感しやすい普遍的なストーリーにすることを心掛けていました。その上で、生き方の選択肢の広がりを感じてもらえるような内容を目指しています」(栗林さん)
物語を紡ぐ上では“引き算”の考え方がキーになっていったといいます。現在の技術では実現できない共創企業が企画した未来のプロダクトアイデアを無理に形にするのではなく、来場者の想像力を活用していくという方向性です。
「あえて“引き算”した空間表現を用いることで余地をつくり、来場者の想像力によって2075年の世界が現れるような演出がふさわしいと考えたのです」(栗林さん)
「“引き算”の演出を考えるときにキーワードにしたのが“想像着火性”です。これは、枠があればのぞき込みたくなる、電車の骨組みがあればそこが電車の中のように感じられる……といった、見た瞬間に想像があふれ出てくるような着火剤のような表現のこと。そのような表現を活用することによって、来場者が能動的に未来を“見つける”体験ができるシナリオを創造していきました」(岡崎さん)
ところが初めて“引き算”の考え方で制作したシナリオを発表したときには、共創企業からは引き算することでチープに見えないか、概念的で暗く見えないかといった意見が。
「共創企業の皆様は鋭い来場者視点をお持ちでしたので、意見をしっかりと受け止め、絵コンテや空間、ライティングのイメージを共有することによって互いの認識をすり合わせていきました」(栗林さん)
数々のこだわりや緻密な物語および演出設計によって紡がれたシナリオは、石黒チームや共創企業からさまざまなフィードバックを受けさらに磨かれていきます。
「石黒チームや共創企業の皆様の声を聞けば聞くほど、さまざまな考え方や見方があることに気づかされていきました。万博は世界中から多様な背景を持つ老若男女が訪れる場だからこそ、さまざまな意見に真摯に耳を傾けてシナリオに落とし込むこと、あらゆる人が内容を理解し共感しやすいものにすること、迷いなく移動していける動線にすることなど、シンプルで太い設計を目指しました」(栗林さん)
「モノや空間は未来になるほど無機質な印象になるという思い込みがありましたが、石黒先生が“逆に文化が色濃くなっていく未来がある”ということをご教示くださいました。例示されたのが、オランダにある都市の同じ場所の現在と過去の風景。一方はコンクリートの道路と灰色のビルが並ぶ空間、一方は緑と水にあふれた田園牧歌的な風景だったのですが、予想に反して後者が現在の風景だったのです。この驚きと気づきを生かし、未来を描く展示空間に日本文化の要素をより反映させていくことになりました」(岡崎さん)
来場者には、いのちの可能性や未来に思いを馳せてほしい
たくさんの対話と創造のプロセスを経てできあがった一連のシナリオは、石黒からは「濃密なシナリオになった」との評価を受け、共創企業からも一定のコンセンサスを獲得。現在はシナリオをベースに空間演出に落とし込んでいく段階に入っています。最後に、シナリオが反映される「未来シアター」を含めた本パビリオンで来場者に感じてほしいことを聞きました。
「純粋に“いのちの可能性が広がること”について、考え、気づいていただけたら一番うれしいです。僕ら自身、このプロジェクトに参加し並走して考え続けたことで、未来に対しての希望を強く感じることができました。その感覚をぜひ皆さんにも味わっていただきたいです」(栗林さん)
「パビリオンには、私たちがシナリオを担当した未来シアター以外の展示も含め、たくさんのいのちの可能性があふれているので、未来を想像し“自分ならどういういのちの設計をするのか”を問いかけていただきたいです。そしてぜひ、石黒先生とチームの皆様が磨きあげたアンドロイドたちの“目”を見つめてみてほしいのです。なぜなら、私自身が彼らの目に“いのち”を感じたからです。シナリオを設計する中でも、来場者の皆様ができる限りアンドロイドたちの存在を近くで感じられるような演出を組み込んでいます。私が初めてアンドロイドと対峙したときそうであったように、皆様も彼らの目を見、そこにいのちを感じたとき、人間の未来に対する固定概念が覆されるかもしれません」(岡崎さん)
(取材日:2024年5月)
シグネチャーパビリオン「いのちの未来」50年後の未来 脚本・演出チーム
クリエイティブディレクター:栗林和明 CHOCOLATE Inc.
映像チーフプランナー:小野寺正人 CHOCOLATE Inc.
展示演出チーフプランナー:石倉一誠 meme
空間ディレクター:岡崎アミ CHOCOLATE Inc.
ストーリーディレクター&シアター映像ディレクター:竹林亮 CHOCOLATE Inc.
ストーリーアドバイザー:夏生さえり CHOCOLATE Inc.
プロデューサー:野呂大介 CHOCOLATE Inc.
プロダクションマネージャー:関原崇将 CHOCOLATE Inc.
「CHOCOLATE Inc.」
https://www.chocolate-inc.com/
CHOCOLATE Inc.は、様々なかたちのエンターテインメントを生み出し、たのしみな未来をつくり出していく会社です。 映画やアニメ・キャラクター、展覧会・広告など、世の中の「たのしみなもの」を増やす事業を幅広く展開しています。