【開発秘話♯7~アンドロイドのシステム開発、実装編~】アンドロイドを、研究室から社会へ。万博での大きな一歩の実現のために
シグネチャーパビリオン「いのちの未来」では、現在―50年後―1000年後を想定したさまざまなロボット・アンドロイドとの出会いが待ち受けています。そのうち、アンドロイドのシステム設計、動作開発、そして展示システムの準備、開催期間のシステム運営業務までを一貫して担当しているのが、「ATR石黒浩特別研究所」(以下、ATR)のみなさんです。今回は、専任研究技術員の三方瑠祐さんを中心としたATRのみなさんにアンドロイドのシステム開発から実装にいたるまでの苦労や、その先に見えたものを教えてもらいました。
万博プロジェクトという二度とない機会。研究室に舞い戻る
普段、人と共生するアンドロイドの動作生成やシステム開発に取り組んでいる、ATR。これまで培ってきたアンドロイドの開発技術を駆使し、大阪・関西万博(以下、万博)ではプロデューサー 石黒浩が考える未来の世界を、アンドロイドの展示によって具現化するミッションを担っています。
ATRにおいてアンドロイドの動作実装、システム開発、他チームとのミーティングや連携の役割を担っているのが三方さんです。大学時代、ATRにインターン生として携わっていましたが、実は石黒浩がシグネチャーパビリオンのプロデューサーとして万博に参画することに決まったときには、一般企業で働いていたそう。
「ATRで働いている先輩方から戻ってきたら?と話を聞かせてくれて、ATRに戻ることを考えるようになりました。迷わなかったといえばうそになりますが、万博という一生に一度しかないであろうプロジェクトに携わることができるチャンスは二度とやってこないと考え、一般企業を退職してこのプロジェクトに参画しました」
その先輩というのが、ATRの専任研究員の 境くりまさんと専任研究技術員の 船山智さん です。ATRで研究を続けてきた境さんは、万博ならではのアンドロイドの可能性を感じたといいます。
「ずっと研究室内でアンドロイドを研究してきたからこそ、もっと多くの人にアンドロイドを知ってもらう機会を得たいと考えていました。万博はそれを実現できる場になると感じました」
船山さんは、三方さん同様ATRを離れていた時期があるそう。
「一時期、ソフトウェアシステム関連のベンチャーを立ち上げて活動していました。その際アンドロイドから離れて改めて、人間らしいアンドロイドの価値をより一層感じるようになりました。だからこそATRに戻ってきてからは、アンドロイドの社会進出を推進したいと考えるようになりました。万博はそのよい契機になると思いましたね」
アンドロイドがどのように社会と関わるべきか、どういう存在として社会に普及させていくべきかという「研究室から、社会へ」を考えていたATRの人々にとって、万博はまたとない舞台。パビリオン展示に向けての挑戦がはじまりました。
人間らしい自然振る舞いを実装するために
プロジェクトは、以下のような流れですすんでいきました。
展示の演出チームやPRチームからアンドロイドの動作イメージを受け取る。
↓
ATR内で動作イメージを実現するために、どのようなシステムや制御方法で実装するかを検討。必要に応じてセンサーの選定を実施。実際にアンドロイドで動作を検証、確認しながら開発をすすめる。
↓
ある程度形になった段階で、石黒先生、演出チームやPRチームに確認を依頼。
↓
フィードバックを受けて、より洗礼された動きにブラッシュアップ。
メンバーは、全体管轄1名、アンドロイドシステム開発3名、開発支援業務1名、そして、アンドロイド動作開発協力は、大阪大学の学生1名と近畿大学の学生4名が担いました。
これまでも多数のアンドロイドのプロジェクトを担ってきたATRですが、今回の万博プロジェクトでは量と質どちらにおいてこれまでに経験したことのないアウトプットを求められていると三方さんはいいます。
「これまで対応したことのない数のアンドロイドを担当することに加え、アンドロイドの表現の幅を広げることが求められました」
アンドロイドの表現の幅を広げるというのは、これまでよりも人間らしく、繊細で、印象強い動きをする“自然な振る舞い”を実装する必要があるということです。
「“人間らしい自然な振る舞い”を実装してくためには、ハードウェアの限界を繰り返し検証しながら、地道な作業をすすめる必要がありました。例えば動作の速さひとつをとっても、遅すぎると人間らしく見えず、逆に速すぎると体が揺れて機械らしさが際立ってしまいます。そのため、適切な速度を見つけて調整する必要があります。
さらには手の動きの軌道、指や表情などの課題も現れ、そのたびに修正を繰り返しながら最適な動作を追求するとともに、動作作成に使用するソフトウェアもアップデートさせていきました」
実際に見て体験してもらうことで他チームとアンドロイドをつなぐ
ここまでの調整が求められるのは、展示の演出チームやPRチームが表現したいことをアンドロイドによって実現するため。三方さんは、それらのチームとミーティングを重ね、ATRチームとつなぐ役割も担っています。
「他のチームにとってはアンドロイドが何をどこまでできるのか、わからないということが前提にあります。アンドロイドにさせたいことを実現するためにはどのような技術や機材が必要なのかも伝えないと開発のコスト感やこちらの大変さも伝わらないので、その認識を正しく伝えることも意識しています」
情報をオープンに共有することによってお互いの理解が深まり、うまく連携していける。だからこそ、大切にしていることがあります。
「関係者にはできるだけ研究所に足を運んでいただき、アンドロイドを自分の目で見てもらうようにしています。もちろん、動画で確認してもらうこともできますが、自分の目で見てアンドロイドが“そこに存在している”ことを身をもって感じてもらうことで、実感がこもった企画や演出が実現できると思うからです」
はじめてトライする動きや演出によってアンドロイドを再発見する
「演出チーム、PRチームの考えたアンドロイドの動きや演出には、これまでATRとして考えたりトライしたりしたことのない、未知のものがたくさんありました。それに挑戦することでアンドロイドってここまでできるんだ、こんな風に見せることができるんだ、といった数々の発見がありました」
そう語る三方さんが特に印象に残っているのは、PR動画撮影のために、アンドロイドを屋外へ連れ出したことだそう。
「普段は研究所の中にアンドロイドがいるのが当たり前なので、屋外の日常風景の中でアンドロイドが動いているというのは新鮮でした。未来には日常にこんな風にアンドロイドが溶け込んでいるのかも、と感じることができました」
「1000年後の人間の姿をアンドロイドで表現することになったことが、特に印象的です」
そう語るのは境さんです。
「研究所内で研究だけしていては、あんな色やデザイン、可動域は思いつかなかったと思います。私の中のアンドロイドや人間の未来像を拡げてくれるコンテンツでした」
開幕まで数か月を切り、いよいよ大詰めになっているプロジェクト。土台のシステム開発や、基礎技術の底上げが完了し、現在は本番の動きの実装をすすめる段階になっています。
「これからは、本番動作の開発、本番環境でのアンドロイドやセンサー、PCの設置、配線作業、運営システムとのつなぎ込み、照明や音との連携の調整、全アンドロイドが安定して稼働するかの検証などをすすめ、ブラッシュアップしていきます。本番環境で実際に動かすまで未知の要素が多く、その条件の中で洗練されたパフォーマンスを実装しないといけないこと、万博開催期間中の半年間安定して動かし続けなければいけないことも大きな挑戦だと感じています。今は不安と期待が入り交じった心境です」
万博プロジェクトは、人間とアンドロイドの未来への第一歩
万博の開幕を前に、ATRのメンバーはこのプロジェクトで多くのことを得たと振り返ります。
「本当に大変でしたが、試行錯誤し、技術も考え方もアップデートできたことは、私自身やATRのスキルアップに確実につながっていると思います」
と境さんがいえば、船山さんが続きます。
「今回制作した多くのアンドロイドは、万博が終わってからは協賛企業や社会に旅立っていきます。アンドロイドが社会進出し、人間の生活にアンドロイドが溶け込んでいく……。そんな未来への一歩が踏み出されると感じます」
三方さんは、この万博プロジェクトだからこそ得られた視点があったといいます。
「今回のプロジェクトで石黒先生をはじめ、各協賛企業や演出チームが考えるこの先の機械と人間の関わり方を知り展示に反映させていくプロセスは、私たちの考えを広げる貴重な機会になりました。特に協賛企業の方々の考える50年後の未来の構想を聞くと、アンドロイドだけが進化しているのではなく、生活環境や社会自体も進化しているという視点を得ることができました。アンドロイドとのみ向き合っていては得られなかったであろう新たな視点をこれからの自分たちの研究や活動にさらに生かしていきたいです」
アンドロイドと共存する未来の日常に会いにきて
最後に、万博来場者へのメッセージをそれぞれにいただきました。
「いのちを拡げる」という今回のテーマで表現するのは、人間がアンドロイドになるかどうかだけでなく、自分が接する周囲の存在がロボット・アンドロイドになるということもあわせて起きるということ。パビリオン内の展示を通して体験し、それがどういうことなのか?人間とはなんなのか?ということを考えるきっかけにしてほしいです。(船山)
「すごいな、生きているのかな?」と思ってもらえるようなアンドロイドの開発を頑張ってすすめています。アンドロイドというとまだ遠い存在と感じる人も多いかもしれませんが、アニメや映画で目にするようなロボット・アンドロイドと会話し生活するような日常の世界を先んじて疑似体験できるのがこのパビリオンです。体験を通じて、アンドロイドを身近に感じ、未来の社会を考えるきっかけにしていただけたらと思います。(三方)
パビリオンに入ると物珍しい世界が広がり、つい動画や写真を撮りたくなるかもしれません。でも、ぜひ自分の目で未来の世界を見て、感じてほしいです。ご来場をお待ちしています!(境)
(取材日:2025年1月)
【プロフィール】
ATR 石黒特別研究所
http://www.geminoid.jp/ja/index.html
石黒浩特別研究所は、著しい業績を上げている石黒浩ATRフェローの独創的なアイデアに基づく研究を奨励・促進する目的で設立されました。本研究所では、常に「人とは何か」と人の本質を問いながら、人に近いロボットを用いた新たな人間調和型のコミュニケーションメディアの実現を目指します。