【開発秘話♯3~ロボット・アンドロイドデザイン編~】人間らしい未来を考えるためのアンドロイドデザイン

【開発秘話♯3~ロボット・アンドロイドデザイン編~】人間らしい未来を考えるためのアンドロイドデザイン

シグネチャーパビリオン「いのちの未来」では、現在―50年後―1000年後を想定したさまざまなロボット・アンドロイドとの出会いが待ち受けています。それらのデザインを担当しているのが、ロボットデザイナー/美術家の松井龍哉氏。テーマ事業プロデューサー 石黒浩の考えや構想に共感し、万博やパビリオンのテーマを具現化するロボット・アンドロイドのデザインを追求しています。現在進行形ですすむ創造のプロセスを松井氏の言葉を交えながらご紹介します。

「いのち」の新たな在り方を展示

デザインの話に入る前に、まず今回のパビリオン内の展示コンセプトについてご説明します。人工臓器、遺伝子操作、人間らしいロボット、AI……。人間は動物のような生物的進化の方法だけでなく、科学技術による進化の方法を持ち、それが人間を人間たらしめていると考えます。これからの人間は、さらに科学技術を発展させ科学技術と融合しながら、「いのち」の可能性を飛躍的に拡げ、その多様な価値観と幸福感で人間自身や人間社会、そしてそれを取り巻く環境や生態系を発展させていく……。本パビリオンは、そのような「いのち」(人間・社会)の新たな在り方を創造し、展示していきます。

松井氏が主に手掛けるのは、これらの展示の中の50年後の未来シーンで登場するロボットと、 1000年後の空間で出会えるアンドロイドのデザイン。本レポートでは松井氏の本プロジェクトに対する捉え方やデザインの考え方、そして“1000年後のアンドロイド”のデザインについて、聞きました。(50年後のロボットデザインについては【開発秘話 #1】をぜひご覧ください)

四半世紀で培った共通認識をもとに、“美しい”デザインに挑む

「石黒先生とプロジェクトをご一緒するのは初めてでしたが、不安や心配はありませんでした」

そう言い切る松井氏と石黒の出会いは約四半世紀前。お互いに若手研究者だった時代から世界各地の学会や研究会で顔を合わせ、意見交換、情報交換をしてきた仲だそうです。

「長年の付き合いの中から石黒先生のロボットに対する思想哲学を理解してきましたし、共感しているので同じ方向を見ることができていると感じています。今回のプロジェクト開始にあたって印象的だったのは、石黒先生が“人間は社会の中で心を持ち、人間となった”ということを語られたこと。ロボットを研究したりつくったりしていると、心を通わせ合うことや、家族や社会という単位ごとに異なる役割を果たすことなど、人間は高度なことを行っていることに気づきます。つまり、ロボットを追求していくことで“人間とは何か”がよくわかってくるのです。先生のこのひと言で、合理的、機械的な未来ではなく、ロボット・アンドロイドを通じて人間らしい未来を考えていくプロジェクトなのだと腑に落ち、迷いなくスタートを切ることができました」

本パビリオン「いのちの未来」やテーマ「いのちを拡げる」を聞いたとき、松井氏は科学でしか解決できない種類の未来へのテーマ設定として現実的に捉えたと同時に、表現自体が美しくなければ現代社会にはまだ受け入れがたいものになるとも感じたといいます。

「ロボットやアンドロイドと聞くだけでアレルギー反応を起こす人たちはたくさんいます。だからこそ、そのような人たちにも“こんな未来ならあってもいいな”と思ってもらえるようなアウトプット、デザインにしていかなければいけないと感じました」

その点についても松井氏と石黒は共通認識を持つことができていたといいます。

「石黒先生は芸術やデザインの価値を大切にされている稀有なロボット工学者。学生時代に美術部で活動されていたこともあり、ロボットのハードだけでなく見た目やデザインについても関心が高く、“美しさ”に対する美学をお持ちでした」

今回追求するロボット・アンドロイドの”美しさ“とはどのようなものなのでしょうか。

「万博という場でもあるので、どのような人種、国籍、バックグラウンドを持つ人であっても共感できる“美しさ”を追求したいと考えました。例えば、神々しい日の出や満天の星など古代から人が信仰してきた対象に思いを巡らせてみると、万博で求められている“美しさ”の表現方法はあるのではと考えています。そのためにも、文化の摩擦である差別や偏見がなくなっている世界観の追求も大切だと思っています」

松井氏がデザインを手掛けたヒューマノイドロボット 「Palette」(2005年)

1000年後のアンドロイドを考えるために、1000年前に立ち戻る

松井氏が50年後のロボット・アンドロイドのデザインに引き続き取り組んでいるのが、“1000年後のアンドロイド”のデザインです。

「1000年という時間と空間を捉えるためには1000年前の人の文化を見直すことが必要だと感じました。幸い日本にはその時代の宝が多く現存しています。特に平安時代の輝かしい文化は最良の視点を示してくれました。京都や奈良に足を運び実際現存している国宝の建築や仏像などを観て歩くことで、徐々に1000年を超えて次の1000年に渡すべきものが輪郭を帯びてきました。それは、日本で暮らしていると時々巡り会う“和”や”鎮める”といった生きた倫理のカタチです」

実際にデザインに落とし込んでいくにあたりこだわっていることは2点あるといいます。

「一つ目は、“煎じ詰めた幸福感”を表現すること。先ほど話した“鎮める”というエッセンスはもちろん、デザイナーとして30年間活動してきた中で見えてきた“至福感”を表現したいと考えています。二つ目は、現代の最先端の技術をできる限り外からは見えないように織り込むこと。なぜならば、1000年後には今の最先端技術は最先端ではないからです」

そしてこのプロジェクトでは、デザイン行為の進化をも試みているそうです。機能を表現するのではなく、思想そのものの表現をするデザインの在り方です。

「具体的には、誰もが朗らかな善に包まれるようなデザインを目指しています。先ほど日本らしい形を次の1000年に渡すべきものとして見つけたと話しましたが、実際のデザインとして世界中どんな人にも開放感のスイッチを与えられるようなものにしたいと考えています。バチカン市国のシスティーナ礼拝堂、カナダのナイアガラの滝、平等院鳳凰堂の阿字池など……。信仰する宗教が違っても、人種や国籍が違っても、誰もが同じようにインナーヘブン(内なる平和や喜びのようなもの)を脳内で感じるといわれているものです。それらが共通して持つ“朗らかな善”を目指すことが思想そのものの表現につながると思っています」

松井氏による平等院奉納アート作品「鳳凰の卵(2021年)
次の1000年を見守る鳳凰の卵がテーマ ©一般社団法人奉納プロジェクト 撮影:藤塚光政

幸福な未来を見せる場である万博だからこそ

最後に、松井氏が追求する万博ならではのアンドロイドの表現について、教えてもらいました。

「単に先端技術を駆使したアンドロイドを示すのではなく、“私たちが選択したいアンドロイドはこれだ”、“新しい人間の姿だ”と思えるようなアンドロイドにしなくてはならないと考えています。そのために、どんな社会に暮らすアンドロイドの姿が正しいのかということから考えています。つまり、究極的な理想の未来社会を体現する表現を目指しています。なぜならば、万博はこのような世界情勢の中でも幸福な未来を見せる場だと思うからです」

「見た目」だけでなく、未来社会の在り方や人類共通の至福感まで表現するロボット・アンドロイドのデザインにご期待ください。

松井龍哉
デザイナー/アーティスト
1969年東京生まれ。1991年日本大学藝術学部卒業後、丹下健三・都市・建築設計研究所を経て渡仏。科学技術振興事業団にてヒューマノイドロボット「PINO」などのデザインに携わる。2001年フラワー・ロボティクス社設立。さまざまなロボットのデザイン・開発を行い、ニューヨーク近代美術館、ヴェネチア・ビエンナーレ、ルーヴル美術館内パリ装飾美術館、ヴィトラデザインミュージアム等でオリジナルロボットを展示。2012年に松井デザインスタジオを設立しデザインプロジェクトを展開する他、近年は美術家として現代美術作品を制作・発表。2021年には新型コロナウイルス感染症終息を祈念し発足した「平等院奉納プロジェクト」に参画し、本藍染ガラスアート作品「oeuf ho-oh(鳳凰の卵)」を平等院へ奉納。グッドデザイン賞、第六回日芸賞、ACCブロンズ賞、iFデザイン賞(ドイツ)、red dotデザイン賞(ドイツ)など受賞多数。
http://www.flower-robotics.com/